厳しい暑さが続く8月。人間なら冷房の効いた部屋で過ごしたくなる季節ですが、海の中にも暑い時期になると活動を抑えて過ごす生き物がいます。
その一つが、食材としてもおなじみの「ナマコ」です。
日本沿岸などに生息するマナマコは、高水温の時期になると岩の下や隙間などに身を潜め、動きや摂餌を抑える「夏眠(かみん)」と呼ばれる状態になることが知られています。
さらに近年の研究では、これまで夏眠しないと考えられていた小さなマナマコにも夏眠が起こることが明らかになりました。
夏の海底で、ナマコの体にはいったい何が起きているのでしょうか。
1.ナマコの「夏眠」って何?
冬眠なら聞いたことがあっても、「夏眠」は初耳という人も多いのではないでしょうか。
マナマコは高水温期になると、岩の下や隙間などの暗く遮蔽された場所に入り、移動や摂餌を抑えることがあります。これが「夏眠」と呼ばれる現象です。
ただし、「夏になれば全国のナマコが一斉に眠り始める」という単純なものではありません。
夏眠の現れ方は水温や地域、個体によって異なります。北海道・噴火湾で行われた野外実験でも夏眠が確認されていますが、すべての個体が夏眠したわけではなく、断続的に夏眠する様子も観察されています。
つまり夏眠は、人間の睡眠のようにずっと眠り続けるというより、高水温期を乗り切るために活動を大きく抑える生態として捉えると分かりやすそうです。
2.8月のナマコは、体の中まで変化する
夏眠で変わるのは行動だけではありません。
マナマコでは高水温期に、消化管が退縮することが知られています。
近年の研究では、夏眠個体が確認された7~9月に腸の長さや重量、太さなどが減少し、その後11月に向けて回復する様子が報告されています。
つまり、夏のナマコは単に「岩陰で休んでいる」だけではなく、体の内部でも大きな季節変化が起きているのです。
なぜこのような変化が起こるのか。その生物学的な意味については、まだ解明されていない部分があります。研究では、夏眠中の絶食や摂餌量の低下、エネルギー消費を抑える仕組みなどとの関連が考えられています。
3.「小さいナマコは夏眠しない」という従来説に新発見
さらに興味深い研究成果が2025年に発表されました。
東海大学の研究では、体長9.4~149.1ミリのマナマコ43個体を、自然に近い水温環境の水槽で2024年7月から10月にかけて観察しました。
その結果、体長15.4ミリ以上の個体で夏眠が確認されました。
従来、小型のマナマコは夏眠しないと考えられていましたが、この研究によって、小型個体でも一定の大きさになると夏眠することが示されたのです。
特に35ミリ以上では、夏眠する個体の割合が増加する傾向も確認されました。
また、夏眠は一度始まったら長期間ずっと続くとは限りません。研究では平均的な夏眠継続期間は2~3日程度で、小型個体でも夏眠と移動を繰り返している可能性が示されています。
4.なぜ「小さなナマコの夏眠」が重要なの?
この発見は、ナマコの豆知識だけにとどまりません。
マナマコは重要な水産資源であり、種苗生産や増養殖技術の確立が進められています。
もし養殖中の小さなナマコが夏眠して餌をあまり食べなくなっているのに、通常と同じ量の餌を与え続ければ、残餌が増え、水質管理にも影響する可能性があります。
そのため研究チームは、小型個体の段階から夏眠を考慮し、水温や給餌などの飼育環境を管理する必要性を指摘しています。
ナマコが「いつ、どのくらいの大きさから夏眠するのか」を知ることは、効率的な養殖方法を考えるうえでも重要な情報になるわけです。
5.8月末、海底では「秋への準備」が始まる?
8月も終盤になると、私たちの感覚では夏の終わりが近づいてきます。しかし、ナマコの季節変化を考えるうえで重要なのは、暦よりも海水温です。
過去の研究では、地域によって9月以降にも夏眠しているマナマコが観察されています。したがって、「8月末だから夏眠が終わる」と一律には言えません。
一方、研究飼育下では高水温期に退縮した腸が、その後11月に向けて回復していくことも確認されています。
暑い時期には活動を抑え、季節が進むにつれて再び体の状態を変えていく――。
普段は海底で静かに暮らしているように見えるナマコですが、その体は海の季節変化に合わせてダイナミックに変化しています。
夏の終わりは、そんなナマコの知られざる生態に目を向ける絶好の時期なのかもしれません。